筆者(お嬢)の実家は兵庫県の田園地帯にあります。なかなかしっかりと“風習”の残った家で、お正月も例にもれず、多くのイベントをこなさなければなりません。

もちろん、それを当たり前だと思って育ってきたのですが、その内容を知人に話すと驚かれることが多いのなんの。同じ地域で育っているのに「そこまでやらない」という友人も多いのです。

そこで、ちょっとヘンかもしれない田舎のお正月をご紹介したいと思います。みなさんのご自宅、ご実家と比べてみて、いかがでしょう?

元旦の朝の献立

我が家では、大みそかに元旦の起床時刻が発表され(だいたい7時、家長の機嫌と体調で前後することも…)、家族全員が“年をとり”、正月料理を前に新年の挨拶を交わします。

元旦の朝、食卓に並ぶのは次の料理。

・高野豆腐、ニンジン、かまぼこ、ヤマイモの煮物(卵のせ)
・雑煮
・ブリの照り焼き
・スルメイカ

野菜はマイナーチェンジすることも
野菜はマイナーチェンジすることも

祖母に献立の由来を聞いても「ずっとこれだった」とすげない返事でしたが、縁起物を交えつつ、食べ物の無かった時代に工夫をこらしたものが受け継がれているのでしょう。

子ども心には、ほかのおかずが苦手で、卵が唯一のごちそうでした。三が日は米を炊かないので、買い置きのパンと卵だけを食べていたっけなあ。

「年をとる」

おそらく兵庫県でも一部の地域特有のものだと思います。身に覚えのある人、もしかしたら同郷かも。

大晦日、床の間に「三宝(さんぼう)」と「お年桶」を用意します。

三宝には裏白(ウラジロ)を敷き、洗い米を山のように盛ります。その上に大小の餅を重ね、葉つきの橙(ダイダイ)をのせて鏡餅に。そして周囲に、カヤの実、かちぐり、大豆、昆布、干し柿、餅、みかんを並べます。

ダイダイを立たせるのが難しかったり
ダイダイを立たせるのが難しかったり

元旦、起床したら、各自たなもと(台所のこと)や床(とこ)などの神様に手を合わせ、三宝から並べたもの1つずつと米ひとつまみを半紙にのせます。これを「年(歳?)をとる」といい、朝食前に済まさなければなりません。

半紙にとったものは、三が日中をめどに食べます。が、カヤとかちぐりの食べ方がいまだに分かりません…。

一方お年桶は、丸い木の桶に、たっぷりの洗い米と、餅、干し柿、みかんを12個ずつ入れて、神棚にまつるものです。実は、供えた桶の行方を筆者は知りません。多分「とんど」の焚き上げまでにおばあちゃんが何かしているのでしょう。次回帰省したときにでも聞いてみます。

福沸かし(ふくわかし)

1月4日の朝は、神様にお供えしていた餅を入れた「福沸かし」と呼ばれるかゆを食べます。我が家は、雑煮と同じく白みそで味付けします。

あかん、テーブルクロスと同化しとる…
あかん、テーブルクロスと同化しとる…

「三が日に荒れた胃をいたわるため」と聞かされて育ってきましたが、はっきりとした由来は分かりません。さらに、1月7日の七草がゆ(同じく白みそのかゆに、あぜ道などを探しまわって採った七草を入れます)のときにも、同じことを言われます。七草がゆを福沸かしと呼ぶ地域もあるそうなので、似たような由来があるのかもしれません。

そういえば、正月明けに食べるかゆのことを、ある種の時限装置みたく感じていました。福沸かしを食べると大人たちの仕事(会社)が、七草がゆを食べると子どもたちの学校が始まるため、白みそのかゆ=休みを終わらせるもの、みたいな。

ちょっとヘンかもしれないお正月のならわし。改めて調べてみると、することもいわれも、ご当地色豊かで面白いと思いました。みなさんはどんなお正月を過ごしましたか?