5月25日に開催された、「パンケーキ・ノート」の著者・トミヤマユキコさんと、「マンガ食堂」の著者・梅本ゆうこさんによるトークイベントレポート【後編】です。(【前編】はこちら

 


◆ホットケーキにまつわる思い出は、人それぞれ

続いては、梅本さんが「極道めし」(土山しげる/双葉社刊)を紹介。囚人たちが、年に一度のおせち料理をかけて「おいしそうなもの」について語るというストーリーです。囚人の1人が、「子どものころ、母と二人暮らしのギリギリの生活の中で、月に一度だけ母親が連れていってくれたデパートの食堂でいつも食べていたホットケーキ」について語ります。

梅本さん 食べ方が、すごくねちっこく描かれてるんですよ。2枚重なっているのをずらして、蜜をたっぷりかけて…とか。

トミヤマさん 今までで一番ホットケーキの描かれてるコマ数多いんじゃないですか?

司会 色々なアングルがあるしね。でも本当は、しょっぱいホットケーキだったんですよね。

そう。彼は、最終的にその食堂でお母さんに置き去りにされてしまい、「涙と鼻水でぐちょぐちょになったしょっぱいホットケーキを食べた」というトラウマになってしまったそうなんです。

司会 このしょっぱいホットケーキを再現するとしたら、どうしますか?

梅本 相当つらいシチュエーションに自分を追い込まないと無理でしょうね(笑)。

“幸せ”なイメージが描かれることの多いパンケーキですが、そうとも限らないようです。いずれにせよ、“人生の鍵”となることも多いのかもしれません。

◆ホットケーキは、家で食べる幸せなもの

「さて、一番の問題作ですよ」と前置きしてトミヤマさんが紹介したのが、「時計じかけのオレンジ・ジャム」(和田慎二/大都社刊)に収録されている番外編「ホットケーキ物語」。亡くなった両親の手作りホットケーキしか食べられない主人公は、友達(ノッコちゃん)の作ってくれたホットケーキをどうしても食べられず喧嘩してしまいます。霊として現れたお父さんに叱られて謝りにいったところ、ノッコちゃんがスネて自殺寸前!?という物語なんですが…

トミヤマさん ホットケーキの出てくる漫画はたくさんありますけど、ホットケーキひとつで「生きるか死ぬか!」みたいなことになる、これほどまでに大げさな作品は他に無いだろうと(笑)。

司会 それくらい、家で焼いたホットケーキに思い入れってあると思うんですけど、お2人は子どもの頃から食べていましたか?

梅本さん 休みの日の朝によく食べていました。

トミヤマさん 休日に焼く人って多いですよね、うちはいつでも焼いてくれたけど(笑)。幸福な食卓の象徴というか。時間に余裕があって、気分を変えていつもと違う何かを食べたいときとか。

梅本さん 親が“やらせてくれる”っていうのもあったかもしれない。「よつばと!」にも出てきたけど、初めてのお菓子作りみたいな感じで…。

トミヤマさん 幼少期の食べ物の記憶って、ほとんどが“幸福な食卓”っていうイメージですよね。だからこそ、「極道めし」のインパクトはやばい(笑)。

◆パンケーキの“描かれ方”

トミヤマさん 藤子・F・不二雄先生とかは、丸と四角が生地とバター、みたいな記号的な描き方をしていて、初期のサザエさんでもそうなんだけど、これが初期ホットケーキなわけ。それが進化してくると“よごし(焦げ目)”が入ってくるんだけど、これが入っている方がおいしそうなの。

「日本で1・2を争うおいしそうなパンケーキ」だとトミヤマさんが主張する作品が、「月夜のとらつぐみ」(笠井スイ/エンターブレイン刊)収録の短編「猫とパンケーキ」。“よごし”の具合がたまらないんだそうです。
 
この“よごし”がたまらない!
この“よごし”がたまらない!

そして、「ケーキケーキケーキ」(萩尾望都/白泉社刊)については、描かれているパンケーキの色に言及。

トミヤマさん 萩尾先生のパンケーキはあまり焼き色がついていないんだけど、お砂糖の配分によって焼き色の出方が変わるっていうのをこの間うかがって。「bills」のパンケーキは白いでしょ。それに対して「ピノキオ」とかは茶色いじゃないですか。あれは焼き方だけじゃなくてお砂糖の量も関係してて。

梅本さん 砂糖は焦げればああいう色になるから。

トミヤマさん 日本には、どら焼きというお菓子があるワケですけど、あれはいかにしっかり茶色い焼き目をつけるかっていうのが大事なんですよね。わたし個人は、日本で独自に発展したホットケーキっていうのは、どら焼きが先輩だと思っています。焼き色しっかりイコール美味しそう、という価値観は、実は日本独特のものなんじゃないかと…。

ホットケーキの先輩はどら焼き!考えたこともありませんでした。かつてホットケーキが「ドラヤキ」と呼ばれていたことも考えると、そうなのかもしれません。

◆最先端のパンケーキは、究極のお食事系?

最後に“最新のパンケーキ事情”として紹介されたのが、Wings(新書館刊)に掲載されている、「かわうそは僕の嫁」(街子マドカ)。ある日、嫁(タイトル通り、かわうそ)が、喫茶店を経営している旦那さんのためにパンケーキを焼いて待ってくれているのですが…。

トミヤマさん そのパンケーキが魚のすり身でできているっていう。パン(フライパン)で焼けば何でもパンケーキだっていう話をしたけど、これは最先端だと思います。で、旦那さんが「巨大笹かまぼこ」という例え方をするんですが、私と梅本さんのツッコミが、『笹かまじゃなくね…』だったんですよ。『これ、はんぺんじゃない?』って(笑)。
 
『これ、はんぺんじゃない?』
『これ、はんぺんじゃない?』

梅本さん はんぺんの方がおいしそうですよね。

トミヤマさん メレンゲに熱を加えると中の気泡がふくらんでパンケーキの生地がふっわふわになるのと一緒で、はんぺんも中に入っている小さな気泡がふくらんで大きくなるから、同じ仕組みなんじゃないかと。なので是非ここは、はんぺんでお願いしたいです(笑)。

梅本さん でもこれ、すっごいよく考えられているんですよね。

トミヤマさん バターのかわりにチーズだとか、シロップは和風のあまからあんかけとか。これ…おいしそうじゃないですか?

司会 梅本さん、ぜひブログで…

梅本さん そう、これ作りたいと思った!しずかちゃんの、プランクトンのホットケーキとつながったかも(笑)。

これが、“かわうそのホットケーキ”。すり身とチーズ、和風あんかけ…これぞ“究極のお食事系”ではないですか?梅本さんのブログ「マンガ食堂」で、再現して下さるのを楽しみに待つことにしましょう。

◆これからパンケーキはどこへ向かうのか…

トミヤマさん この先、パンケーキはどうなっていっちゃうんだろう。日本のパンケーキ事情って、いまものすごい勢いで変化してるじゃないですか。

梅本さん 家庭のイメージだったのが、これだけ流行ると、オシャレな専門店に食べに行くっていうものに変化しているのかなと思ったんですけど。

トミヤマさん そうですね。いまの日本で“女の子らしいこと”をするってどういうことなのかなって考えると、渋谷なり原宿なりで待ち合わせをして、カフェでパンケーキを食べることですよね。だから梅本さんの言ったような“家庭の味”っていうのとは、確かに離れているのかもしれない。

梅本さん 漫画でも最近そういった取り上げられ方をしてるって聞きました。

トミヤマさん 「パンケーキ・ノート」を出した時は、30代前後くらいの人が買ってくれたらなと思ってたんだけど、実際は中高生の女の子たちが買ってくれてたんですよ。彼女たちって、お友達と一緒に行けば話はつきないから行列に並ぶのが苦じゃないし、パンケーキは彼女たちのお小遣いから出せる一番おいしいもので。たまたまだけど、80年代に、原宿でクレープが流行ったでしょ。だからあの土地は、“オシャレな粉もん”が生まれる土地なんですよ(笑)。

梅本さん 確かに、クレープの時も若い女の子たちが食べていましたもんね。漫画の中で描かれてきたクレープも“希望”みたいな感じでしたけど、それがパンケーキになりつつあるんですかね。

漫画は人々の生活文化を描き出す“文化資料”でもあるといいます。そこに描かれた“パンケーキ”というひとつの食べ物から見える生活や人間関係、登場人物の人生は、ひいては自分の物語でもあり、誰もが知っている食べ物だからこそ人々の心の中に色々な形で残るのだと感じました。“幸せのパンケーキ”を一緒に食べてくれる人が、筆者の前にも現れたらいいな。

◆サイン会も大好評!

トークショーの後にはサイン会も行なわれました。トミヤマさんとパンケーキ情報を交換する方々がいる一方で、書籍になる前からブログ「マンガ食堂」のファンだったという方も。パンケーキは、人と人とをつなぐ魔法の食べ物、なのかもしれません。

パンケーキには色々な魔法が詰まっているのかも…
パンケーキには色々な魔法が詰まっているのかも…